Japan

メディカル・ツーリズム

メディカル・ツーリズムは、日本の伸び悩む医療市場を打開するためのビジネスモデルの一つとして、経産省、国土交通省が先頭に立ち導入を推進している。政府は2020年までにメディカル・ツーリズムと病院の輸出により約1兆円の経済効果と5万人の雇用創出を見込むと発表した。現在日本に渡航する患者は主に中国人とロシア人だが、「医療滞在ビザ」の導入などにより将来はアジアや中東、東欧などの新興国にまで市場を拡大することが見込まれている。日本のメディカル・ツーリズムでは得意分野のがんや循環器の治療、内視鏡施術、再生医療などが主流である。一方、生殖補助医療の分野は法整備の遅れなどから、日本人が海外へ渡航する側となっている。

 

ガイドライン・法案

生殖補助医療に関する法律は存在しない。政府は法案化に向けた報告書を作成するにとどまっている。日本産科婦人科学会がこれまでに出した8つの会告が、生殖補助医療に対する事実上の規制となっている。

1949年6月 AID(非配偶者間人工授精)による日本での第1号児の出生
1983年10月 日本産科婦人科学会、「体外受精・胚移植に関する見解」を告知 / 東北大病院で日本初の体外受精児誕生
1985年10月 日本で初めての体外受精による多胎妊娠、出産(双生児) / 日本初のGIFTによる妊娠・出産に成功
1986年3月 日産婦が「体外受精・胚移植の臨床実施の登録報告制について」会告
1988年2月 日本産科婦人科学会が冷凍保存体外受精卵の子宮移植を認める
1988年7月 新潟大が日本で初めて体外受精卵の凍結保存を開始
1988年11月 不妊治療で採取した余剰配偶子の東北大による無断使用が明らかになる
1989年12月 国内初の冷凍受精卵を用いた妊娠・出産に成功
1991年 鷲見侑紀代表「卵子提供・代理母出産情センター」開設
1992年 国内初のSIZUによる子供が誕生
1993年2月 閉経した50代女性がアメリカでIVF出産していたことが明らかになる
1994年 日本国内初のICSIによる子供が誕生
1996年8月 諏訪マタニティクリニック ,姉妹間の卵子提供実施
1998年 日本産科婦人科学会が「受精卵診断」を条件付きで承認決定 / 諏訪マタニティクリニック、国内初の代理出産を公表 / 旧厚生省厚生科学審議会が、最先端医療技術評価部会生殖補助医療技術に関する専門委員会を設置
2000年2月 夫婦間以外の体外受精容認を答申
2001年5月 諏訪マタニティクリニック、姉妹間の代理出産を公表
2003年2月 DNAbank東京事務所開設~ 延べ600組渡韓
2003年4月 厚生労働省審議会,精子・卵子提供に関する報告書 / 法務省法制審議会親子法制部会による中間試案
2003年12月 諏訪マタニティクリニック,実母による代理出産に特化
2005年11月 邦人米国代理出産,「出生届不受理」最高裁支持
2006年10月 諏訪マタニティクリニック, 実母の「孫」代理出産を公表
2006年11月 日本学術会議で代理出産を審議(2008年4月まで)
2007年3月 向井亜紀夫妻の代理出産児を嫡出子と認めない最高裁判決
2007年6月 JISART, 姉妹・友人からの卵子提供承認発表
2009年2月 香川県立中央病院による体外受精卵の取り違え疑惑報道
2012年6月 自民議員有志が法案素案を日産婦に提出
2012年8月 日本医師会(日医)「生殖補助医療法制化検討委員会」の初会合開催
2013年1月 OD-net(卵子提供登録支援団体)設立
2014年7月 実父からの精子提供により110組が非配偶者間体外受精を実施(諏訪マタニティクリニック)
2016年1月 ゲイ向けの代理出産・卵子提供の説明会が東京で行われる

渕上恭子(2012)より改変

 

卵子提供

厚生労働省の審議会が2003年に、法整備した上で匿名の第三者からの提供に限り容認するという報告書を提出したほか、日本生殖医学会が2009年3月、友人や姉妹からの卵子提供を認める報告書を出したが、法整備には至っていない。AIDによる精子提供はすでに60年以上も前から実施されている。外国で卵子提供を受けた日本人カップルは1000組以上といわれているが、実態は把握されていない。日本産科婦人科学会は、法制度が未整備な状況では、法律上の夫婦以外の卵子を使っての体外受精は認められないという立場をとる。これに対し全国25施設の不妊治療クリニックで作る「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」は2008年、友人や姉妹からの卵子提供も認める独自指針をまとめ、現在、実際に提供卵子による体外受精を進めている。

 

代理出産

代理出産そのものを規制する法律は日本では現在まで存在しない。日本産科婦人科学会による自主規制のため日本国内では原則として実施されていないが、法的強制力はなく、この制度の不備を突く形で諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長が代理出産を実施した。また、日本人が日本国内の自主規制を避ける形で、アメリカ、インド、タイなどの海外で代理母出産を依頼する現象も起きている。2003年には厚生労働省の審議会及び日本産科婦人科学会が共に代理母出産を容認しないという結論を出した。さらに厚生労働省及び法務省は2006年日本学術会議に代理母出産の是非についての審議を依頼、日本学術会議は2008年、代理出産を原則禁止とする提言が盛り込まれた報告書を公表した。この報告書には、公的運営機関での試行の一部容認、営利目的の代理出産への罰則、生まれた子の位置づけなども定められている。

 

精子提供

人工授精を用いた精子提供は1949年から匿名で行われ、これまで1万人以上が誕生したといわれる。 日本産科婦人科学会に登録された非配偶者間人工授精実施機関へのアンケート調査の結果、30施設中6施設においてね、精子提供者の情報が廃棄されていた事実が報じられた。非配偶者間人工受精によって生まれた当事者を中心に、配偶子提供の問題点を問う2010年「第三者の関わる生殖技術を考える会」が立ち上げられた。

※非配偶子間人工授精

1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012
患者総数(人) 1,711 1,350 2,521 1,498 853 908 639 1,090
治療周期総数 3,497 5,838 3,649 3,994 3,152 3,461 2,264 3,700
妊娠数(人) 285 257 265 222 198 184 138 226
出生児数(人) 188 121 133 129 117 76 53 120

 

PGD(着床前遺伝子診断)

日本には着床前診断を規制する法律や指針はなく、日本産婦人科学会が1998年に出した「着床前診断に関する見解」による自主規制が存在する。同学会では、重篤な遺伝性疾患に限り、申請された疾患ごとに学会が個別審査して着床前診断を認めると定めている。しかし、何を重篤とするかの定義は困難であるとの指摘もある。

 

宗教

2006年の統計では無宗教51.8 %、仏教34.9%、キリスト教(プロテスタント)1.0%となっている。しかし2008年に読売新聞社が実施した調査で「宗教を信じない」と答えた人が72%に上るなど、日本人の意識に対する特定宗教の影響力は希薄であると考えられる。

 

技術と社会

生殖技術と社会的価値との調整という点では、欧州もアメリカもキリスト教的な価値観との調停という面が強く、倫理的問題についての議論が活発である。一方、日本では婚姻関係に基づく社会的秩序や、科学的確実性を重視する傾向があり、禁止の論理が欧米と異なっている面がある。

 

日本からの渡航治療

2007年11月、インドAkankshaクリニックのPatel医師のもとで代理契約をしたYamada夫婦の子供Manjiが、夫婦の離婚によって帰国できなくなる事態が生じた。出産女性を母とする日本の判例に従い、日本の外務省は日本人としての女児の出生届を受理せず、さらに出生届の母親欄が不明であることや、独身男性と女児との養子縁組を禁ずるインドの法律に阻まれ、Manjiは日本からもインドからもパスポートが発行されず出国できない状態になった。インド政府は、とりあえずの解決策として、Manjiに日本への観光ビザを発行し、その後Manjiは日本でYamada氏の子供と認められた。この問題を機に代理出産に関する法整備を求める声がインドで高まり、2008年9月、インド政府は代理出産を含む生殖補助医療に関する規則となる新法案をまとめた。インドで外国人が代理出産を依頼するケースが増加中だった矢先の事件であり、世界中で話題となった。生殖補助医療の分野では、外国人が日本に渡航するケースより、日本人が渡航者になるケースが圧倒的に多い。この事実を念頭に置き、渡航者を保護する法やマニュアルの作成が不可欠である。

 

文献

Marcelo de Alcantara 2010 Surrgacy in Japan: legal implications for parebtage and citizenship. Family Court Review 48(3):417-430. Link

Marcelo de Alcantara 2013 Japan. Katarina Trimmings and Paul Beaumont(ed).International Surrogacy Arrangements. Oxford and Portland, Oregon. Link

Trisha A. Wolf 2016 Why Japan Should Legalize Surroggacy.Pacific Rim Law & Policy Journal Association 23(2):461-493. Link