メディカル・ツーリズム
商業的な卵子提供や代理出産が合法であり、海外からもそうしたサービスを求めてロシアに来る人々が多い。
ガイドライン・法律
1) ロシア連邦家族法典:the Family Code(1995年制定、1996年3月1日施行)
2) ロシア連邦国民健康保護の基本に関する法律:Federal Law on the Fundamentals on Protection of Citizens’ Health
2011 (2011年11月21日制定、2012年1月1日施行)
旧版はthe Fundamentals of Legislation of RF on Protection of Citizens’ Health 1993
3) Federal Law on the Acts of Registration of Civil Status 1997
4) 厚生省第67省令RF Ministry of Health Order No. 67 “On use of assisted reproductive technologies for infertility treatment for female and male patients”(2003年2月) 旧版はRF Ministry of Health Order No. 301 of 28.12.1993
2008
法案「生殖補助医療の規則と市民の生殖権の保護」2010 8シングル男性が、卵子提供と代理出産で得た子どもの父親として初めて認められる(出生証明書の母親の欄は空欄) (Vita Nova IVF Clinic)2011 11「ロシア連邦市民健康保護基本法」 (On the fundamentals of health protection of citizen in the Russian Federation) が公布(2012年1月施行)
ロシアの生殖補助医療 関連年表
1986.02 | モスクワでロシア初の体外受精児の誕生(B.V.レオーノフ研究所) |
1995 | サンクトペテルブルグ「D.O.オッタ記念産科・婦人科学研究所」附属体外授精センターでロシア初の代理出産プログラムが実行される |
1996.03 | The Family Code (家族法典)が施行される(1995年公布) |
2004 | 代理母が子どもの引渡しを拒否、依頼夫婦に扶養手当を要求し、裁判になる |
2004.11 | 代理母が心臓弁膜症の子どもを出産したため、依頼夫婦が子どもの引取り・報酬支払いを拒否し、 テレビ番組で審判が行われる |
2005.11 | 母親(Mrs.Zakharova)が亡くなった息子の冷凍精子と提供卵子を用いて、代理出産に成功 |
2009.08 | シングルの35歳の女性(Natalia Gorskaya)が代理出産で得た子どもの母親として認められる |
2010 | 64歳のスイス人女性がロシアのクリニックで卵子提供を受け出産 |
2012.08 | ロシア憲法裁判所が、依頼者の受精卵を使った代理出産において、産んだ女性による子ども引き渡し拒否権を認める |
2013 | Yelena Mizulina議員が代理出産禁止を求める法案を提出 |
2013 | 議会の公衆衛生委員会の議長のSergei Kalashnikovが、Yelena Mizulinaの法案について、代理出産は、ロシアの少子化対策として捉えられるべきだと発言 |
2014.02 | Vitaly Milonov (Deputy of Legislative Assembly of St Peterburg;反同性愛で知られる)が、シングル男性や同性カップルへの代理出産提供の禁止を求める |
2017.03 | Anton Belyakov議員が代理出産禁止を求める法案を提出 (2018年10月、議会のCommittee on Family, Women and Childrenがこれを拒絶) |
2020.07 | 2020年1月にナースによってケアされていた代理出産子が乳幼児突然死となり、モスクワで代理出産に関わっていた医師が逮捕される。 |
2020.10 | 2010年以来、ゲイカップルに代理出産を提供してきたエージェントの経営者に逮捕状が出される。 |
2021.01 | ロシア議会(Duma)により、代理出産に関わる法律の改定が決定される。(外国人および結婚していないカップルに対し代理出産を禁止、1年以上の婚姻期間、依頼者は25歳から55歳まで、医学的理由がある場合のみ) |
代理出産
ロシアでは商業的な代理出産も許されている。
○ロシア連邦家族法典(the Russian Federation Family Code)の第51-52節
ロシア法において代理出産に最初に言及したのが、1995年に制定されたFamily Code(家族法典)である。1996年3月1日の施行以来、代理出産は合法的に利用可能になった。
代理出産によって子供が生まれた夫婦は、代理母の同意が得られた場合のみ、子供の親として登録される。その場合、養子縁組は必要でない。
代理母の同意があれば、代理母の名は出生証明書に記載されない。いったん出生証明書が依頼者夫婦の名で出されてしまえば、代理母の子供に対する一切の権利は失われ、くつがえることはない。代理母が同意しなかった場合は、子供は代理母の子として登録される。代理母が依頼者夫婦に子供を引き渡す義務というのは明文化されていないので、出生証明書が出される前であれば、たとえ事前の同意があっても、代理母は妊娠を途中でやめることもできるし、子供を自分のものにすることもできる。依頼者が子供の生まれる前に離婚したり死亡したりした場合の法規定はない。
代理母の同意なしには依頼親の親権を認めない、という51条4項(2)の合憲性をめぐり、2012年、憲法裁判所での審査が行われた(2012年5月15日No. 880-O)。代理母が依頼親に親権を渡すことを拒否し、子供を自身の子供として届け出た結果、代理母が子供の正当な母親として登録されたことに対し、依頼親が訴えたケースだった。憲法裁判所は、家族法典の条項に違憲性はないと判断、依頼親の訴えを退けた。
○Federal Law on the Acts of Registration of Civil Status 1997
代理出産児の出生登録の際、通常の出生登録に必要な書類(両親のID/パスポート、病院の出産証明など)に加え、代理母が同意していることを示すクリニック発行の「公式文書」の提出を依頼親に義務付けている(16条5項)。こうして出生登録が完了すれば、代理母の子供に対する権利や義務は全て失われ、完全な他人となる。子供が生まれる前に親子関係を確定することは、ロシア法では禁じられている。
○厚生省第67省令Order No.67 of the Russian Federation Ministry of Healthcare
・代理母は21-35歳で、心身ともに健康、自分自身の健康な子供が1人はいること。
・代理母は依頼者の親族でも他人でもどちらでもよく、既婚・未婚は問わない。
・代理母自身の配偶子を、体外受精に使用してもよい。
・代理出産の関係者全員の同意書が必要。
・一度に移植する胚は3個まで(2個が望ましい)とし、胚の凍結保存はOK。
○ロシア連邦国民健康保護の基本に関する法律:Federal Law on the Fundamentals on Protection of Citizens’ Health 2011
・生殖補助医療技術とは、妊娠過程の一部/全部および胚の初期発生が母親の体外で進行する場合の不妊治療法として定義され、ドナー配偶子・凍結配偶子・生殖器官組織・胚の利用や代理出産を含む(55条1項)
・代理出産とは、自分の配偶子を使う依頼親、あるいは子供の妊娠出産が医学的根拠により不可能なシングル女性と、代理母の間で交わされた契約の下での子供の妊娠出産である(55条9項)
・代理母が同時に卵子ドナーであってはならない(55条10条)→人工授精型代理出産を排除
・医学的介入に対し書面によるインフォームド・コンセントを提出した女性は、①20-35歳であること、②自分自身の健康な子供が最低1人いること、③健康状態が要件を満たしているという医師の診断があること、④代理母が結婚している場合は代理母の夫の同意が必要、という条件で代理母になることができる(55条10項)→これまで省令レベルだった代理母の要件が制定法レベルに上がった
・婚姻カップルも非婚カップルも、双方の合意があればARTにアクセスする権利を持つ。シングル女性もまたインフォームド・コンセントを提出すればARTへのアクセス権を持つ(55条3項)
前法のLaw on Citizens’ Health 1993では「再生産年齢にある全ての成人女性」にARTの恩恵を受ける権利があるとされていた(35条)。しかし、Family Code 1995の51条4項(2)には、代理出産児を依頼親の子供として登録できるのは「結婚しており、胚を他の女性に移植することに同意した」カップルとしか記載されておらず、矛盾があった。Family Codeの条項を根拠に、これまで多くの同棲カップルやシングル女性が、代理出産児の出生登録を住民登録所から拒否されてきた。そうした依頼カップルやシングルの依頼女性は裁判所に申し立てをし、その申し立ての多くが認められている。Law on Citizens Health 2011は、第一に正式な婚姻関係にない男女でもARTへのアクセス権を持つこと、第二に代理出産契約は代理母と依頼親(結婚証明書は必要ない)間の契約であることを明言し、代理出産を婚姻カップルだけでなく同棲カップルにも利用可能にした。ただし、55条3項にも9項にも、シングル女性への言及はあるがシングル男性の記述はなく、Law on Citizens Health 2011はシングル男性の代理出産を認めていないと解釈するのが妥当と考えられる。
卵子提供
配偶子提供や胚提供が商業的レベルで(“On transplantation of human organs/tissues”――Federal law 22.12.1992 No4179-1)認められている。イギリスなどと異なり、子供は匿名ドナーの身元を知る権利を持たない。人口80万人の地域で同じドナーの子供が20人生まれたら、その地域でのドナーの配偶子使用はそこで差し止められる。レシピエントは、親戚、知り合いをドナーとすることもできるし、クリニックが提供する匿名ドナーの提供を受けることもできる。
配偶子や胚の提供を受けた場合でも、法的な母親は子供を出産した女性となり、女性が結婚している場合はその夫が法律上の父親である。
ロシアにおけるART治療サイクル数
2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
IVF | 6,564 | 8,595 | 9,092 | 10,785 | 12,568 | 15,271 | 19,005 | 15,998 |
ICSI | 2,373 | 3,457 | 4,750 | 6,469 | 9,264 | 10,274 | 13,775 | 16,176 |
凍結融解胚移値 | 1,110 | 1,755 | 2,347 | 2,910 | 3,084 | 3,505 | 5,456 | 5,139 |
卵子提供 | 704 | 944 | 1,047 | 1,179 | 1,367 | 1,666 | 2,190 | 2,675 |
PGD | 51 | 87 | 235 | 415 | 382 | 411 | 555 | 597 |
IVM(未熟卵子体外培養) | 17 | 34 | 76 | 32 | 299 | 176 | 1,088 | 223 |
凍結融解卵子の使用 | 14 | 220 | 61 | 94 | ||||
胚提供 | 267 | |||||||
総治療サイクル | 10,994 | 14,751 | 17,242 | 21,343 | 26,670 | 34,222 | 40,961 | 40,996 |
ARTによる妊娠の数 | 2,088 | 3,342 | 3,933 | 5,383 | 7,100 | 8,604 | 9,797 | 11,796 |
卵子提供で生まれた子どもの人数 | 101 | 205 | 204 | 278 | 385 | 511 | 619 | 820 |
代理出産で生まれた子どもの人数 | 75 | 97 | 108 | 147 | 147 | 199 | ||
対象施設 | 36 | 40 | 40 | 50 | 56 | 64 | 73 | 83 |
PGD(着床前診断)
PGDと性選択は、Order No.67 of the Russian Federation Ministry of Healthcareにより、遺伝病の子供が生まれる可能性がある場合にのみ認められている。Law on Citizens’ Health 2011にも、遺伝病を避ける目的以外での性選択を禁止する条文がある(55条4項)。
LGBT
2013年に同性愛宣伝禁止法が出された。ロシアでは概してLGBTに対する差別や偏見は強い。
宗教
宗教の内訳は、ロシア正教会75%、回教19%、その他7%。ロシア正教会は、夫の精子を使った人工授精以外の生殖補助医療は「倫理に反する」という立場をとっている。
社会的問題
医療は無料だが、医療サービスの都市部への偏在化が起こっている。医療支出対GDP比は約2.3%で、これはWHOが奨励する最低支出比の半分にも満たない水準。ソ連崩壊後の医療の後退が社会問題となっている。
トラブル
トラブル事例
年 | 依頼親の国籍 | 出来事 |
---|---|---|
2008 判決年 |
オランダ | オランダのカップルが、ロシアに渡航し、カップルの受精胚を代理母(依頼女性の母親)に移植して代理出産を行なった。裁判所は子どもの利益を考慮し、依頼カップルを子どもの後見人として指名、1年後、依頼カップルと子どもの親子関係を認知した。 |
2009 判決年 |
ドイツ | ドイツ人の既婚男性が、ロシア人代理母に依頼し2007年に得た子どもを婚外子としてドイツに連れて帰ろうとした。判決では、父親の認知に基づいて、子どもはドイツ国籍を取得することとなり、親権に関しても全てドイツ法の下で手続きされることとなった。 |
2012 欧州人権裁判所で係争中 |
イタリア | ロシア人代理母が生んだ子どもの出生証明書に、依頼親の名前が記載されたが、イタリアの登録機関はこの記載を虚偽とし受け付けなかった。特にこのケースでは卵子も精子も提供されたものだったので、裁判所はカップルを親と認めず、子どもは里子に出された。 |
2005 子供が生まれた年 2013 報道された年 |
アメリカ | ニュージーランド ロシア人代理母が2005年に生んだ男の子が、生後すぐから外国人ゲイカップルに性的搾取を受けていた。性的搾取は、カップルが2011年に逮捕されるまで続いていた。 |
2013年9月作成
Link
The Russian Federation Family Code (1995) Link
Order No.67 of the Russian Federation Ministry of Healthcare (2003) Link
the Federal Law on the Fundamentals of Protection of Citizens’ Health in Russian Federation 2011 (2012) Link
ロシアの代理出産と中国人患者 (Dr. Christina Weis) Link
ロシアとウクライナの代理出産(anonymous informant) Link
ロシアのレズビアン母親(Dr. Alisa Zhabenko) Link
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Russian State Duma proposes bill restricting surrogacy again (BioNews 1087) Link
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