Vietnam

国土

面積32万9,241平方キロメートル。人口は約9,946万人(2022年、越統計総局)。首都はハノイ。

 

メディカル・ツーリズム

アジア太平洋諸国の中で、ベトナムは最も人気のある観光目的地であり、WTTC(世界旅行ツーリズム協議会)は、ベトナムを世界で4番目にメディカルツーリズムが急成長しつつある国だと指定した。2010年にベトナムを訪れた外国人観光客数は425万人で、2009年より2%上昇している。質の高い医師や医療設備が増えつつあるのに加え、治療費は欧米諸国の4分の1程度である。
2007年には、ベトナム初のメディカルツーリスト用保養地がブンタウに開設された。救急サービス、小児科、産科、眼科手術、整形外科、栄養指導、一般外科などを、国内・国外患者両方に提供する。保養地は海に面しており、ゴルフやサーフィン、ショッピングなども楽しめる複合施設となっている。
これまで、ベトナムの外国人向け高級ホテルは、値段が法外であるという悪評で知られていたが、徐々に相場が下がりつつある。メディカルツーリストたちは、通常の観光客と同じく、美しい自然や文化遺産、豪華なリゾートホテルなどを楽しむことができる。ベトナムでは針灸治療など伝統的な民間療法も盛んであり、そうした体験もできる。不妊治療の分野でも、成功率は30-35%と欧米並みであることが謳われ、外国人の患者もいる。

 

ガイドライン・法案

ベトナムでは2003年2月に国民の家族計画に関する法律” Population Ordinance” とARTに関する法令。
“Decree on childbirth by scientific methods” が出された。クローニングの禁止、代理出産の禁止、胎児の性選択の禁止のほか、卵子提供・精子提供に関する規定などが主な内容である。
ベトナムの婚姻家族法(2条6項)に「国と社会は母親と子どもを保護し、また、母性という尊い役割を果たせるよう母親を支援する義務を有する」とある。これは、シングル女性の権利に言及しているわけではないものの、全ての女性に母になる権利を与える条文として広義に解釈されているため、ベトナムでは独身の女性でも生殖補助医療を受けることができる。

※ベトナムの生殖補助医療 関連年表

1995 ベトナム初精子凍結・初IUI
1998 Tu Du Hospitalでベトナム初の体外受精児の誕生
1999 ベトナム初の顕微授精(ICSI)児が誕生
2000 卵子提供による子どもが誕生
2001 義理の姉妹間でベトナム初の代理出産が行われる(Tu Du Hospital)
2003 凍結胚を使用した子どもが誕生
2003 “Decree on childbirth by scientific methods”(No.12/2003/ND-CP,「科学的手法による出産に関する法令」)を公表(代理出産の禁止)
2003.02 「家族計画法」(Population Ordinance)(胎児性選択の禁止など)
2004 ベトナム初の精子バンクがTu Du Hospitalに設立される
2004 凍結精子と凍結卵子を使用したIVF児が誕生
2005.04 ベトナムの男女出生比女100に対し男112になる
2005 “Providing for the functioning of administrative violations in the fields of health”(No.45/2005/ND-CP,「保健分野における法令違反に対する罰則」)
2012.07 ベトナム保健省が「人工受精と体外受精の技術工程に関する通達」(No.12/2012/TT-BYT)を交付
2012.08 司法省が婚姻家族法の改正議論で代理出産の是非について意見を聴取
2014.06 婚姻家族法の改正案が議会で承認され、親族間の代理出産が合法化される(2015年1月より施行)
2016.01 ハノイ市で、ベトナム初の代理出産子の誕生
2016.03 ホーチミン市(トゥズー病院)で双子の代理出産子が誕生(2例目)
2019.01 カンボジアのクリニックにベトナム人代理母を送り込むなどしていたベトナム人・中国人4名のブローカーが摘発される(ホーチミン)
2019.04 中国にベトナム人代理母を送り込んでたベトナム人ブローカー2名が営利目的の代理出産の容疑で逮捕される
2020.08 中国国境付近で代理出産ルートが摘発される

 

婚姻家族法の改正内容

・人道目的の利他的代理出産認め、商業的代理出産は禁止。
・生殖補助医療技術を用いても妊娠・出産できない夫婦のみ、利用が認められる。
・夫の精子と妻の卵子を利用する。
・代理出産によって出生した子は、依頼夫婦の子とする。
・代理母は、依頼夫婦の血縁者(3親等以内)とする。
・代理母は満20-45歳までの健康な女性。

 

代理出産

“Decree on childbirth by scientific methods”により、代理出産は禁止されていた。代理出産やクローニングに関わった者には2000-3000万ドン(1273-1910ドル)罰金が科された。
2015年1月より、婚姻家族法の改正がなされ、人道的代理出産が合法化された。
国内三箇所のクリニック(ハノイ産科病院、トゥーズー産科病院、フエ中央産科病院)で代理出産を実施できるようになった。合法化後、代理出産の希望者が殺到しているという報道もなされたように、国民の関心は高い。ハノイ産科病院では、約40件の申請がなされ、20件を実施したという。その結果、10-12人の代理母が妊娠に成功したという。また、ホーチミン市のトゥズー産科病院では、20-30件の申請があったが、そのうち書類上適格とされたのは7件のみで、現在は1人の代理母が妊娠中であるという(2015年8月)。審査が通らない理由は、非親族で代理出産を依頼してくる依頼者が後を絶たないためであるという。親族間での代理出産が合法化されたとしても、妊娠出産は非常に重い負担てあり、代理母を引き受ける女性を親族に見つけることが難しいと考えられ、非合法代理出産に依存している状況がある。合法化の前から有償代理出産を提供してきたハノイのある仲介業者は次のように述べた。「親族間での代理出産が合法化されてからビジネスがやりやすくなった。依頼は増えている。親族だという書類を偽造して病院に提出すればできる」。こうした実情を医師も黙認しているようであった。建前として親族間代理出産に限定しておけば、外国人がベトナムで代理出産を依頼することはできない。ベトナム政府にとって真に重要な線引きはむしろそこにあるといえるかもしれない。

 

卵子提供

“Decree on childbirth by scientific methods”により、卵子の有償提供が禁止されている。卵子ドナーは18歳から35歳の女性で匿名、ボランティア提供に限る。卵子のレシピエントは20歳から45歳。外国人もARTを利用できるが、ドナーにもレシピエントにもなれない。精子・卵子・胚の売買は禁止。配偶子・胚提供に関する違反には1000-1500万ドンの罰金が科される。

 

PGD(着床前診断)

PGDによる性選択は禁止されている。現在ベトナムで問題となっているのは男女の出生比率である。中国やインドと同じく、ベトナムでも出生前診断によって選択的中絶が増え、出生比率が男子に偏っている。家父長制に根を持つこうした傾向に対して懲罰的アプローチをとることは難しい。
ベトナムの男女出生比は2000年に女100に対し男106であったのが、2008年には112と急激に増加した。主要な原因は性選択技術にアクセスしやすくなったことである。ベトナムでは超音波診断も中絶も合法だが、性選択的中絶は違法である。ベトナム政府は性選択に関する書籍やウェブサイトを取り締まっているが、子供の性別を選ぼうとする親は後を絶たない。

 

宗教

仏教が80%を占めるが、熱心な信者は少なく、国教的な宗教とはいえない。その他カトリック約7%、カオダイ教、ホアハオ教等の土着宗教がある。共産党政権は宗教を警戒しており、宗教ベースの政党なども存在しない。

 

代理母の家

ベトナムでは卵子提供(有償)と、代理出産(有償・無償)が禁止されている。しかし、夫婦には子どもが必要とされる社会規範により、強い需要が存在し、水面下でさかんに行われている。不妊治療を行っている病院周辺では、仲介業者が巡回し斡旋活動を行っている。夫の血縁の維持が最重要であるため、より安価で簡便な方法として、IUI(人工授精)を用いた代理出産も多い。代理母のほとんどが独身か離婚した女性である。体外受精を用いた代理出産は、国内で実施するためには医師との緊密な連携が必要であり、公安に発覚するリスクを避けるため、また、技術的にも進んでいるため、タイで胚移植が行われている。タイでベトナム人代理母が保護された事件は、代理母移動の氷山の一角に過ぎない。こうした実態についてベトナム政府は把握しているが、口を閉ざしている。国内で実施される場合、依頼者夫婦から代理母への胚提供の形を偽装して行われることもある。戦後の結婚難を解消するため独身の女性でも生殖補助医療により子どもを持つことが認められており、こうした手段が容認される背景になっている。代理母、卵子ドナーたちが生活する家もある。食堂の経営を装い、女性たちが働いている。代理母たちが住む家は、すぐに周囲や近隣の知るところとなるため、公安の目を警戒し転居を重ねている。

 

社会的問題

ベトナムでは長年にわたり「2人っ子政策」が実施されていた。そのためベトナムは、出産年齢にある女性の人工中絶率が34.7%と東南アジア最高で(日本は22%)、ベトナム人女性の人工中絶経験は平均2.5回。その一方で子供ができない夫婦は社会的にも受け入れられにくく、不妊治療に走り回らなければならない。出生率は2009年の発表で2.03人。保健省によると、ベトナム人女性の不妊率は8%で、この数字は上昇傾向にあるという。不妊の原因は男性側40%、女性側40%、両者10%で、原因不明が10%。国内のIVF技術が目覚ましい進歩を遂げる一方で、2003年の法令の見直しを希望する声が現場から出ている。IVFを受ける年齢が45歳に制限されているため、不妊治療を受けることができないカップルがたくさんいる。また、同じドナーの精子・卵子・胚を複数のレシピエントに使うことも禁止されているので、精子バンクでは精子が不足している。

 

事件

2011年2月、ベトナム人女性をタイに連れてきて代理出産サービスを強要していた仲介業者が逮捕された。国内では代理出産や卵子有償提供が禁止されているが、そうした行為を海外でベトナム人女性にさせているケースがあると考えられる。

 

参考文献

M.J. Pashigian 2009 The Womb, Infertility, and the Vicissitudes of Kin-Relatedness in Vietnam. Journal of Vietnamese Studies 4 (2): 34-68. Link

M.J. Pashigian 2012 The Growth of Biomedical Infertility Services in Vietnam: Accessand Opportunities. Fvv in Obgyn.Monograph: 59-63. Link

Tung Le Xuan 2016 Ethical and Legal Aspects of Surrogacy – Recommendation for the Regulation of Surrogacy in Vietnam. University Of  Southampton. Link

 

Link

Decree on childbirth by scientific methods(2003/02/12)  Link

ベトナム改正婚姻家族法(光成歩) Link

ベトナムの親族間代理出産の実情 (Dr. Le Xuan Tung)  Link