HOME > イベント > 報告(2010年6月19日)

斎藤加代子(東京女子医科大学附属遺伝子医療センター教授)

「遺伝子医療の現場から ~女性にかかわる医療として~」

 

斎藤加代子: ただいま紹介いただきました、女子医大の斎藤でございます。「診療のご案内」も用意してきました。20枚ぐらいあります。「遺伝子医療センター」とは、遺伝や遺伝子に関連する診療を専門に行っている部門であり、現在、全国の大学病院がこのような医療を行っております。

先ほどご質問がありましたが、十分な情報がなくて、遺伝子に関する医療を受けることを選ぶようになっても、意味が全然分からない、何をされるのか分からないような背景で選ばなければいけない状態があります。それに対して、私どもの所では、遺伝カウンセリングというかたちで、自己決定に至るまでのプロセスにおいて、十分な説明をしていく。それを理解していただいて、選択肢を多数提示して、その中でどうしていくかを決める。選んだ後に、何らかの医療的な技術、つまり遺伝子検査や治療が実施されるわけです。そして、経過を追っていくプロセスが必要ですが、日本の医療の中では不足しています。自己決定をして、遺伝子検査、出生前診断、発症前診断をした後に、フォローを継続する、このような医療は、ある意味、新しいフィールドの医療ではないかと思います。

特に女性だけのための医療にあたるわけではなく、男性のための医療にもなっていることもあり、男女かかわらずに遺伝子医療は行われています。最初は「遺伝子医療の現場から」というタイトルだけお出ししていたのですが、全体のプログラムを送っていただいて考えて、やはり女性のためでないといけないかと思いまして、「女性にかかわる医療として」を追加して、女性がかかわっているところを、遺伝子医療の中からセレクトして、今日はお話しさせていただきたいと思います。

特に私は小児科医ですから、女性の立場と同時に、どうしても子どもの目線で見たくなります。医療を小児科医として見ると、それを受ける女性、つまり母親の利益になることが、おなかの子ども(胎児)の利益にならないことをする場合もあり得ます。そこが一番のジレンマです。「女性のために」と考えていくと、それは、おなかの子にとっては命を絶たれることもあります。受精卵にさえさせてもらえない。受精卵が子宮に着床することさえできなくなってしまうことがあります。私としては、やはり小児科医を選んで臨床医をしているからには、子どもの立場を常に考えながらやっていこうというスタンスでおります。

また、生殖に関わる領域では、日本産科婦人科学会において、代理懐胎や、非配偶者間の人工授精、体外受精、着床前診断などの問題を抱えており、私は外部委員として小児科医として倫理審議会に入れていただいて、小児科医の立場から、日本産科婦人科学会にコメント、意見を言わせていただいています。

さて、東京女子医科大学の遺伝子医療センターの医療は、臨床心理士がいつも横にいるという、非常に贅沢な医療で、患者さんの心のケアをしながら先進医療を実践していく環境にあります。

遺伝の概念から、ゲノムの概念に変遷してきています。皆さんは遺伝と言われると、重い気持ちになります。子どもに遺伝するのではないか、自分のせいではないか、私がいけない、嫁がいけないとかの話になり、こういうイメージは、日本の遺伝にかかわる、非常に暗いイメージなのです。これがheredityや inheritanceと翻訳されているものです。

遺伝の用語を考えてみますと、例えば優性遺伝は、いかにも優生思想とつながる。劣性遺伝は、この病気は劣性遺伝だと私たちが説明すると、これは、劣ったという印象を与えるような意味ではないのに、患者さんは、「私たちは劣っているのか」と思う。X連鎖性遺伝は、女性が遺伝子変異を持っていたら、それが男の子につながる、というイメージで「家」や「嫁」、「産んだ子どもの責任は嫁だ」のような概念になります。このような差別的なファクターが存在しています。

現在、遺伝子医療は、その点の変化が見られるようになりました。遺伝医学がだいぶ進歩して、このような言葉の正確な意味もだんだん理解していただけるようになってきたし、われわれも、外来では一人一人にきちんと話をして、差別的なニュアンスではないことを理解していただくように努めています。

新しい遺伝の用語としては「遺伝子」です。遺伝と聞くと暗い感じですが、遺伝子というと少し格好良くなる感じで、特にDNAです。『こころの遺伝子』という番組があります。心に響くイメージです。DNAを、「キムタクのDNA」とすると、イケメンというイメージがある。ゲノムと言うと、何だか分からないけどすごく進んでいる感じなど、言葉のイメージは重要であると思います。

その意味で、今は新しい時代に入ってきて、ゲノム(genome)、DNA、多型という概念が広がっています。多型は、ポリモルフィズム(polymorphism)と言いますが、1つのDNAの変化でそれぞれの体質や性格、いわゆる多様性を示すようなDNAの変化を言っているわけです。ですから、100人いると100人、同じ人はいない。それは多様性、バリエーションなのです。遺伝学の用語から遺伝子学の用語に変わってきて、「多型」や「多様性」といったものが広がってきています。このような概念の進歩、遺伝、劣性遺伝、優性遺伝という概念から、DNA、ゲノムの概念になってきているのは、非常に良い方向性ではないかと思っています。

ヒトは60兆の細胞から成り立っています。60兆の1個の細胞の中に46本の染色体があります。この染色体を1本取り出して見ると、長い糸状の物質が巻かれて折り畳まれたものが、ここにコンパクトに入っています。これがDNAです。ここに人間の体の設計図があります。このようなことをきちんと理解してもらうのは非常に大事なことです。遺伝という概念から多様性の概念を理解するために、塩基A、T、G、CがDNAを構成する単位であることを理解してもらうのは非常に大事なことです。

細胞を分裂中期で止めて、ギムザ染色を施します。そうすると、医学生だったらよく分かると思いますが、ヒトの染色体が観察できます。1番から大きい順に並べると、22組44本の常染色体があります。XとYの性染色体があり、性を決定する遺伝子がここに載っています。男性、女性はどのように決定されるかというと、Y染色体にSRYという男性を決定する遺伝子があります。それが胎児期に、生殖細胞の源基をウォルフ菅かミュラー管に分化させます。すると、外性器や生殖器、腎臓、膀胱も男女差ができてくる。そういったところにY染色体上の遺伝子が関わります。Y染色体は、遺伝子がそれぐらいしかないのです。

それに対して、X染色体は非常にたくさんの遺伝子があります。こう言うと、「女子医大は男性べっ視だ」とか言われそうですが(笑)。X遺伝子には、その遺伝子が傷つくと、要するに遺伝子変異が起こると、X連鎖性の疾患となります。遺伝子の配列に変化が起こると、さまざまな病気がそれぞれ起こってくるわけです。X染色体上には、多くの遺伝子があります。

例えば、有名なものが色覚障害、血友病もそうです。レッシュナイハン症候群、男の子に認められます。痛風は男性に多い傾向があります。アルポート症候群は腎不全が起こる。女性は血尿だけですから、学校検尿で血尿だけと言っているお嬢さんが、結婚して子どもを産んだら、男の子が腎不全になるほどの重い蛋白尿と血尿、そして腎臓が働かなくなり難聴が起こるという、男の子は重症、女の子は血尿だけという病気です。

私たちの専門は筋ジストロフィーです。男の子に出る筋ジストロフィーで、デェシェンヌ型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィーがあります。これはジストロフィンという遺伝子に変異が起こって生じ、大体10歳ぐらいで歩けなくなり、車いすになります。今の寿命としては25歳から28歳ぐらいで、呼吸器を付けなければ亡くなるという、非常に重篤な筋ジストロフィーです。遺伝子のX連鎖性のイメージは、お母さんがその遺伝子の保因者であると、男の子がこのような病気になることがあります。それがX連鎖劣性遺伝という、遺伝のイメージを作り上げているところがあるわけです。

昔は、病気になる可能性があるとか、親が病気だと、50%や25%の割合で子どもも発症すると確率としての説明をしていました。それが現在は、遺伝子診断によって、出生前でさえ100%診断できるようになりました。遺伝子レベルで確実な診断が、遺伝子の検査や染色体の検査によってできるわけです。そうすると、患者さんの将来の予測ができて、家族が発症する予測ができて、出生前に病気になるかどうかを確実に診断できる時代になってきました。ここに、生命倫理的な問題がさまざまに起こってくるわけです。

遺伝子診断はどのようなものか解説をします。血液を5ccから、このようなDNAが抽出されます。これは水溶液になることにより、酵素を作用させたり、つないだり、切ったり、貼ったりして、遺伝子を解析する、つまり遺伝子診断ができるようになりました。

遺伝子診断では、A、T、G、Cという塩基の配列を明らかにして、正常と比較する操作です。「ヒトゲノム」というのはヒトDNAです。ヒトのDNA全部を明らかにする作業が「ヒトゲノム計画」です。既にヒトの全部のDNA配列が分かるようになりました。しかしまだ、ヒトでちゃんと分かるようになった人は、世界で3人だけです。

ヒトゲノムを端から端まで読めるようになる費用が安くなりました。昔は何千万円だったものが、今は何百万円ぐらいでできます。女子医大も、ヒトゲノム全部が分かるように、次世代シーケンサーを2台、持っています。ゲノム全体が分かるようになり、そこでまたさまざまな問題が出てくると思います。次世代シーケンサーの持つ問題も必ず出てくると思います。

これは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのお子さんで、小学2年生のときのものです。幼稚園ぐらいから私が主治医でした。2年生のときに立ち上がりの大変さを写真に撮らせてもらいました。結局この方は23歳で亡くなりました。とてもひょうきんなかわいい男の子ですが、小学校に来てくれとも言われました。約20年前、学校の1階と2階の階段をはずしてスロープにして、バリアフリーにして、非常に先進的なことをその子の住んでいる学校で実施してくれました。この子から、それを見に来てくれと言われ、授業参観をしたことがあります。そのようなデュシェンヌ型のお子さんでしたが、20歳代で心不全と呼吸不全で亡くなりました。この型は筋ジストロフィーの中でもっとも頻度が高く、3,500人の男児に1人の割合で生まれます。

このような病気を持つお子さんのお母さんが、100%保因者というわけではなく、大体2/3は保因者ですが、1/3ほどは突然変異によります。このジストロフィン遺伝子は非常に大きい遺伝子で、突然変異が生じやすい構造を取っています。

筋肉組織の病理学的検査では、正常ならジストロフィンタンパク質が染まるが、患者さんでは染まりません。治療としては、まだ日本では実施されていませんが、イギリスではこの病気の男の子たち4人に対して、遺伝子変異を飛び越えてしまうような治療を行って、病理学的検査をしたら、ジストロフィンタンパク質が染まったとの報告があります。これからは遺伝子治療の時代に、なっていくでしょう。そのための遺伝子診断に変わるだろうと思います。

今までの遺伝子診断の解説は、本人の確定診断としてのメリットがありますが、出生前診断を行って選択的妊娠中絶の時代が現在も続いていますが、将来、恐らくあと10年ぐらいで、胎児期のうちに治すための診断になっていくのではないかと期待しています。

現状では根本治療法のない重篤な病気であるのは確かです。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの一般的な運動機能のピークは階段の昇り降りができます。手すりを使うこともありますが、歩いて昇り降りできます、小学2~3年生ぐらいから運動機能が低下していきます。10歳を超えて、車いすになり、高校生くらいで自力では座ることが困難になり、呼吸器を使わなければいけない。18歳ぐらいからは、鼻から圧をかけて空気を入れるような、鼻マスクを用いた人工換気をします。これで予後が非常に良くなってきました。昔は18歳ぐらいから20歳頃に亡くなる病気と言われていたのが、今はこの鼻マスクの人工換気を使って生命予後が延びてきました。

筋ジストロフィーは多くの型があります。デュシェンヌ型は2~3歳で発病して、20歳から30歳ぐらいで亡くなる。ベッカー型はその軽いタイプです。

ほかに筋強直性ジストロフィー、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、先天型筋ジストロフィーがあります。先天型筋ジストロフィーの福山型筋ジストロフィーは、東京女子医大の福山幸夫教授が、日本人に特有な筋ジストロフィーとして初めて発表して、疾患概念を確立しました。福山型筋ジストロフィーは、女子医大に多くの患者さんが受診されます。発症は生まれてから数カ月、多くの方は一生涯、歩くことができません。お座りまでが最高ですが、まれに歩ける子もいます。亡くなるのは早く、2~3歳ぐらいまたは、10歳代で亡くなる子もいます。

X連鎖劣性遺伝とは、母親が遺伝子変異を持ち、父親は正常とすると、男児は1/2の確率で罹患します。女児は1/2の確率で保因者となります。

遺伝子検査では罹患か非罹患か、明確に分かるようになりました。それによって、光と影、つまりポジティブに考えられるものと、非常に悩み深い側面が出てきています。一つは確定診断、これも光と影、両方あります。治療法がある場合には積極的に確定診断をして治していくことが迷わず選択されます。治療できない場合に確定診断を受けることは、治らない病気であると認識することになり、またそこで悩みが深くなると思います。治らないことがあっても、リハビリテーションを受けるとか、よりよい環境整備ができる、と考えていくと、確定診断は大事だろうと思います。確定診断により、家族の将来の発症が予測されます。未発症の人に対しての遺伝子検査は、例えばハンチントン病の人が家系にいると、自分はハンチントン病を発病するのではないかと悩むことになります。保因者診断では、一般的に保因者は無症状か軽微な症状です。例えば、アルポート症候群では保因者は血尿を示す程度です。保因者の診断をするのは何のためか、それは子どもが病気になりうるかどうかを調べるためです。次世代の予測ということが、保因者診断です。胎児の診断は、おなかの赤ちゃんの診断ですから、産まれる前に診断をする。つまり、中絶をされてしまう可能性があります。受精卵の診断は、受胎前に診断をします。卵はそのまま捨てられるか、冷凍庫に保管されるか、お母さんのおなかにも戻ってこない可能性もある。このような光と影があります。

筋ジストロフィーの遺伝カウンセリングの一例を挙げます。24歳の女性。兄が26歳でデュシェンヌ型筋ジストロフィーと臨床的に診断されたが、遺伝子の診断はまだしていないようです。母は保因者です。すなわち、母方の叔父が、19歳で亡くなった。現在、この24歳の女性は妊娠6週です。この方が、私たちの所に来られたとしますと、この2行だけで、3つの光と影の問題が出てくるわけです。つまり、デュシェンヌ型の兄の遺伝子の確定診断。この女性の保因者診断、そして出生前診断です。しかも、この方が保因者診断、出生前診断をしたいということは、自分の兄と同じだったら中絶するかもしれないということです。そう考えていたら、兄に、自分の子どもの妊娠中絶のため確定診断を受けることを頼めるでしょうか。兄は遺伝子検査の目的が、自分のためというより妹のため、妹の子どもを妊娠中絶するためということになり得ます。このような問題をどのように考えていくか。臨床の現場でも重い問題です。

ジストロフィンを用いて保因者診断をすると、保因者の人はまだら、つまりモザイクになっています。「Lyonの仮説」です。保因者はちょうどX染色体が2本あります。その2本の片方どちらかが細胞によってランダムに不活性化される。染まっているところは、病気のXが不活性化されています。染まっていないところは健康なXが不活性化されているのです。そしてモザイク状になっています。

女性では、モザイクの状態が細胞によってランダムなので、症状が強い人から全く症状を示さない人までいます。筋ジストロフィーの患者さんのお母さんは、子どもを抱えて、ベッドに運んで、トイレの世話をして、と肉体労働をしています。それなのにお母さん自身にも症状が出て、筋力低下があるという場合もあります。

MLPA法という方法の遺伝子診断の例を示します。コントロールの場合、エクソン41、42、43が、この男性では欠失しています。母は、これが半分量になっています。このようにして保因者診断ができます。

DNAの配列(シークエンス)、A、T、G、Cの配列を明らかにすることもできます。患者さんではA、T、G、CのAがGとなっています。本来ここはAでなければいけないのにGになる、一塩基の変異です。X染色体2本ある女性が、1本はAだけど、1本はGとなっている時、保因者と診断します。これがシークエンス、塩基配列決定法です。このように遺伝子診断ができます。

遺伝子検査は、患者さん本人に関しては、健康保険に収載されました。平成22年に、少し値上げをされて4,000点になりました。ハンチントン病や球脊髄性筋萎縮症という神経変性疾患も収載されました。

これに関して、遺伝カウンセリングをきちんとすることが条件で、遺伝カウンセリング加算500点が請求できます。これは日本にとっては画期的なことです。遺伝カウンセリングで患者さんにいろいろな説明をすることは、医者がいくら説明しても、医療としては一銭にもならなかったのです。遺伝カウンセリングに経済的、時間的にかけられないのが今の医療の厳しい現場です。しかし、現実には、一生が決まることなので、じっくり話すことが必要です。遺伝子医療センターでは、一部、自費診療にしています。自費診療にすると、お金持ちは受けられるけど、お金が無いと受けられないということが起こってきます。従って、遺伝カウンセリングを保険診療にすることが必要です。遺伝子検査をしたときの説明に1回だけ保険請求がOKという状態です。

次に、流産を繰返す夫婦における染色体検査について、症例を提示させていただきます。40代の夫婦です。流産を2回繰り返し、反復流産として胎児の染色体検査を受けました。夫の家系に精神発達遅滞のお子さんがいる。胎児の染色体では、5番の染色体欠失がありました。均衡型相互転座を持っている可能性があります。均衡型相互転座とは、例えば染色体5番と4番の染色体が取り替わっています。全体として過不足がない状態なので均衡型として夫婦はまったく症状がないのですが、その子どもは流産、死産、染色体障害のお子さんが産まれることがあります。均衡型相互転座は不育症の原因のひとつです。

このような習慣流産の夫婦は、何回妊娠しても、流産してしまう。健康な子をもてないのかと、非常にストレスになる。習慣流産の7~8%にこのような染色体の構造異常があります。そして、その4.5%は均衡型相互転座の保因者です。7~8%、4.5%というのは、それ以外の流産の原因がたくさんあるということを意味します。染色体の構造異常による習慣流産、反復流産は着床前診断、受精卵診断の対象として認められました。

受精卵診断に関しては、日本産科婦人科学会において、認めるかどうか多くの議論がありました。不育症の家族会の方も議論に参加なさいました。習慣流産の夫婦の場合、どちらかが均衡型相互転座を持っていることがあります。染色体検査でどちらが持っているかが分かります。夫が持つか妻が持つかが分かり、どちらが原因だとなるのも非常に問題なので、遺伝カウンセリングの現場では、夫婦のどちらが保因者かを知らないでいたいか、知りたいかを、二人で決めてもらいます。二人の意見が一致しないと、一番大変です。たいていは二人でよく話し合って、やはり知りたいですが、知らない場合にまた悩むのは、知らない人たちが離婚して、再婚したときにどうするかという問題が出てきます。一概に決められないことがあります。

選択をして、自己決定して、検査を受けるか受けないかの問題を解決し、結果の開示後の心理ケアやフォローアップをしています。染色体の均衡型相互転座が見つかることがあります。遺伝カウンセリングのケースを少しお示ししました。結局遺伝カウンセリングとは、患者さんと家族(クライエント)に、ニーズに対応した遺伝学的情報などの適切な関連情報を提供して、クライエントがその内容をよく理解した上で意思決定できるように支援することです。

大体初診で1時間です。臨床心理士とペアで実施しています。見学の学生の陪席もあります。遺伝カウンセリングの内容は記録に取ります。その記録のコピーを最後に渡します。外来で話をしていても、理解できないことがたくさんあります。臨床心理士は、記録をとてもきれいな字で、読んだら理解できるようなレポートをすぐに書き、終わったときにコピーして渡します。そのような対話、コミュニケーション、心理的・精神的な支援、一般的な医学情報提供だけではないコミュニケーションプロセスが遺伝カウンセリングです。

私たちの外来でやっていることを、皆さんのパンフレットに要約をして書きました。病歴のことや臨床的に考えられること、遺伝子検査の目的や必要性、遺伝に関する説明、血縁者からの影響の予測、検査結果が出た後のことについても話し合います。検査結果が出た後のことは、anticipatory guidanceすなわち、シミュレーションをします。どういう検査結果が出たか、特に良い結果ではなくて、自分にとって期待しない結果の場合に、どのように考えていくかをシミュレーションしてもらいます。

われわれの中でもスタッフカンファレンスを行い、インフォームド・コンセントの下に遺伝子検査をして結果を開示する。開示のところでまた改めて、遺伝カウンセリングをします。結果が出ると事情がまた変わり、ある決定をしていたのに、対応が変わることがあります。人間の考えとは本当に状況によってよく変わり得ます。従って、新しい情報の下でで、またどのように考えるかを話し合います。そしてまたフォローをしながら、話し合っていきます。

ひと家族で何回も来てくださいますが、発症前診断をしている方で、ハンチントン病の発症前診断をお受けになった方がいます。この方は最初の約束で、「3カ月おきに必ず来てください」と言ったら、きちんと3カ月ごとに外来を受診してくださって、近況を報告してくださる。診断をつけた後の経過をフォローできる状態です。

私は小児科医なので、小児科の外来で遺伝カウンセリングをやっていました。小児科の外来で遺伝カウンセリングをして、出生前診断の話をすると、お子さんを亡くされた人たちが、子どものキャラクターがたくさんあるところで話をするのは非常につらいです。今、この部屋ではおもちゃは庫内にしまってあり、お子さんが来るとそれを出して遊ばせますが、終わるとまたしまって、それぞれの家族に合った雰囲気にしています。

遺伝カウンセリングでは、患者さん本人・家族が内容を理解すること、それを意思決定すること、本人・家族にとって最善の選択をすることが必要なところです。この間に医療的な支援が必要です。それは遺伝子検査、それに関する説明、遺伝に端を発するような健康問題に対しての情報提供をする。心理的な支援をするところは、やはり心理士が専門職的に介入することは非常に大事で、臨床心理的なアセスメントや心のケアをしていくのは非常に大事なところだと思います。

社会的な支援で、経済的な問題は、患者家族にとっては大事なことです。医療費はどうか、家を改築するにはどうか、肢体不自由手帳をどうするか、愛の手帳をどうするかなどの情報提供も、ソーシャルワーカーの紹介と共に、するようにしています。このようなことを続けていくのが、遺伝カウンセリングのプロセスです。

遺伝カウンセリングでは医学的だけではなく、心理的・社会的な介入や支援が非常に大事なところです。自分にとって遺伝的に不利な結果をどのように受け止めるか、将来を熟慮しているかを分析し、シミュレーションしてもらうさらにその内容を書いてきてもらいます。結果が出たときに、どのようなことになるかを、熟慮して文章にしてもらいます。そして、家族との関係や自分の将来、血縁者の検査に対する考え方、このようなことを話し合います。

心理検査は、心理士が性格傾向の分析、うつになりやすい傾向か、不安傾向が強いかなどを分析します。発症前診断の場合には、特にこれが重要です。問題があるときは、発症前診断を受けていくことで、その人がより傷つくこともあり得る。そのようなことを分析しながら判断していきます。

医療福祉的な支援は、ソーシャルワーカーとします。生命保険をどうするかなど、経済的な問題も話し合うことがあります。

ピアカウンセリングでは、患者さんの組織を紹介します。患者さん同士の情報を得ることはとても大事なことで、私もいろいろな家族会にかかわっているので、そういった家族会に連絡を取ったりします。

遺伝カウンセリングの対象は、さまざまです。私の専門では、神経や筋肉の病気です。内容としては確定診断が一番多いですが、出生前診断が4分の1ぐらいあります。発症前診断が10%ぐらい。そして保因者診断というかたちです。将来的には、「易罹患性」、ある病気になりやすい、がんになりやすい、ある病気が発病するか、こういうものがだんだん増えてくると思います。ゲノムの話をしましたが、例えば肥満の遺伝子、無呼吸症候群になりやすい遺伝子など、ある病気になりやすい遺伝子もだんだん分かってきています。

遺伝カウンセリングで重要なことは、正確な臨床診断です。診断が違っていると、遺伝カウンセリングは全然違う方向になりますので、臨床医との連携で、正確な臨床診断ができるかどうか。遺伝子変異や染色体異常の特定がきちんとできるか、正しい情報が必要です。その上での、心理的、精神的、社会的なサポート体制が重要になると思います。このようなサイエンスに基づいたアートであると思います。

出生前診断、着床前診断に関して、少しお話をしたいと思います。「子の幸せ=親の幸せ」ではない場合があるのが、まさにこの出生前診断、着床前診断の現場です。将来的に治療できることになったら、出生前診断をして、おなかの中で治療ができるようになると思いますが、胎児治療が、まだ十分にできている状況ではありません。出生前診断をすることはその子をあきらめる、要するに中絶につながる。着床前診断をすることは、その子を受胎しないことを意味しています。子と親の立場の方向性の不一致が起こりえるというフィールドが、出生前診断、着床前診断です。

「遺伝学的検査のガイドライン」では、出生前診断に関するガイドラインが述べられています。出生前検査に関して、その対象が「重篤な疾患とありますが、この「重篤な」をどう考えるかが、ずっと議論されてきました。出生前診断、着床前診断、何でもやっていいわけではない。例えば、「新生児期もしくは小児期に発症する重篤な」と、ここは言葉を少し増やしてあります。この重篤さは誰が決めるのか。重篤さを医師が決めるのか、それとも夫婦が決めるのか、母親が決めるのか、世の中が決めるか。どの程度重篤か、当事者にとって重篤だと思っていても、世の中から見ると少しも重篤ではないこともあります。そのようなところが、ガイドラインとして、どう判断するか難しいところだと思います。

実際にどのようなことをするのか。侵襲的な出生前診断は、絨毛穿刺と羊水穿刺があります。羊水穿刺はよくご理解していると思います。15~17週に羊水を採ります。羊水細胞は、赤ちゃんがこの羊水を飲んで、おしっこで出しますから、膀胱や腎臓の尿路系の細胞がここにあります。ここに置いている赤ちゃんの細胞を採って診断するのが羊水診断です。流産率の危険性は自然流産と同じと言われています。

絨毛穿刺はそれより早い時期です。10~12週ぐらいに採ります。膣からカテーテルを入れて、胎盤の先にある絨毛、2ミリぐらいの小さいものを穿刺します。流産率はそれでも2~3%と言われています。昔よりもずっと流産率も少ないし、最近の上手な先生はおなかから針を刺して絨毛を採ります。

実際に絨毛採取ができる医師は、日本では本当に少なく10人もいません。また出生前診断を実施することを、医師も嫌がります。リスクがある、子どもの診断を付けると、それが中絶につながることを、われわれは果たしてやっていいのかという思いです。産婦人科の医師たちは人手不足もあり、事故が起こると可能性があると、やらなくなってきます。絨毛穿刺をやってほしくてもできないことも出てきています。それに対して羊水穿刺は、高齢の妊婦に針を刺して採るので、実施数は多いのではないかと思います。

絨毛穿刺、羊水穿刺は私の専門分野の筋ジストロフィーが対象となる事があります。筋ジストロフィーをもつ子を育てつつ、2人目の子を妊娠したという場合です。例えば、先天型筋ジストロフィーをもつ子を育てるということは、歩けない、移動できないなどの生活について、全部介助しなければいけないのです。そこに、次の子も同じ病気の時、家庭が破綻してしまうという理由があります。そのような場合に、絨毛穿刺、羊水穿刺をして出生前診断が考えられるわけです。

妊娠して、赤ちゃんができたときに、絨毛、羊水を採ります。絨毛、羊水を採って、出生前診断をした中には、その子が罹患していると分かってからも妊娠を継続して、中絶をせず、出産した人もいます。遺伝カウンセリングをしていると、こういう選択肢もあります。赤ちゃんの将来の予後について話し合っていくと、育てられるという結論を出すカップルもいます。もちろん、この検査自体も選ばない、検査を受けずに産むから何もしないという人たちもいます。

着床前診断、受精卵診断は、体外受精(試験管ベビー)をして受精卵を作ります。細胞が8個になったとき、8個のうちの1-2個の細胞を採って診断をします。1-2個の細胞で診断できるような技術がないとできません。一方で、着床前診断では、習慣流産の原因となる染色体レベルの検査に比較して、遺伝子レベルの検査は、非常に難しいです。遺伝子レベルの診断は、日本では、「重篤な」と言われているDuchenne型筋ジストロフィーで初めて実施されました。病気と診断された細胞はもう子宮には戻さない。凍結するか廃棄となります。病気ではないと診断された受精卵を戻します。ここで着床する率は20%ぐらいだと言われています。

着床前診断を不妊クリニックが実施していく理由の一つは、不妊医療における妊娠率を上げたいことです。不妊クリニックの着床率が20%ではなく40%にしたいという背景です。不妊クリニックが成功するためには、PGS、要するに着床前のスクリーニング遺伝子検査で「悪い」卵は戻さない、「良い」卵だけ戻すことにすれば、不妊クリニックの着床の%が高くなるという考え方があるのです。

出生前診断、受精卵で染色体スクリーニングをするということに対して、様々な疾患の子ども達をケアしている小児科医としては賛成しかねるところがあります。産婦人科の医師の中にも私たちと同じような価値観を持つ人たちもいます。

この着床前診断、出生前診断を比較すると、いろいろな問題点があるので、どちらも本当にベストではありません。出生前診断には、中絶ということの議論をしないままで来ている面も響いています。

出生前診断の中絶は、病気の子どもだから中絶する、胎児条項となります。着床前診断は、そのような中絶がない代わりに、臨床研究として実施され、日本では今、大体100例を超えたところです。着床前診断は、臨床研究として、特に生まれてきた子に関する検証が必要ではないかと思っています。

着床前診断は日本が遅れているのではなく、海外では禁止している所もあります。オーストリア、スイス、ドイツは、着床前診断を禁止しています。日本では禁止ではなく、着床前診断をするようになりましたが、対象は「成人に達する以前に、日常生活を強く損なう症状が発現し、生存が危ぶまれる疾患」として、今までのガイドラインの「重篤」よりも厳しい内容となっています。

着床前診断としては、実際に100例以上承認されてきています。慶応大学の一例でデュシェンヌ型が承認されました。その前に名古屋市立大学の例は、夫が筋強直性ジストロフィーとして、不承認となりました。夫が筋強直性ジストロフィーの場合、子どもは必ずしも先天型になるとは限りません。成人型の場合も多いです。世界中の着床前診断の報告を見ても、成人発症の夫が罹患というものはありません。母親が罹患していると重症な先天型になりますが、父親の罹患では、それほど重くなりません。

胎児はどこからヒトか、生命かというのは非常に大きな問題です。カトリック的には卵から生命です。法律的には胎児は「ヒトとなり得るもの」とされています。

遺伝カウンセリングは、全国の大学病院、医療施設で実施され始めました。遺伝カウンセリングがさらに広く実施されることが大事だと思います。臨床遺伝専門医という資格が取れる研修施設、認定遺伝カウンセラーの研修施設も全国にあります。そのような施設がない県も少数ながらあります。遺伝カウンセリングとは、患者さん(クライエント)と、主治医と、臨床遺伝専門職のコミュニケーションプロセスで、情報提供、社会的・心理的な支援が必要ということなのです。

非医師としての資格は「認定遺伝カウンセラー」です。遺伝カウンセリングを医師が全部やっていくのは限界があり、このような職種が新しくできています。この職種は、大学修士を卒業して、認定遺伝カウンセラー研修ができる大学院における教育を受けて受験資格を得ます。東京女子医大も研修施設として大学院コースができました。今、女子医大の大学院の認定遺伝カウンセリング専門課程では看護師さんが研修中です。

認定遺伝専門医研修施設は、2009年で63施設。まだ医学部全部ではないですが、増えてきています。試験は一次試験の筆記と、ロールプレイという実際のカウンセリングを試験官の前でやります。さらに面接です。なるべく多くの人たちがこの資格を取り活躍をしてほしいです。

認定遺伝カウンセラーは大学院のコースです。2年間の修士課程としている大学が大半ですが、女子医大は医学部博士課程です。非医師でも、2年の修士が終わって4年間の大学院に入ると、認定遺伝カウンセラー、論文を書いて医学博士を取るコースとしています。遺伝子医療センターでは、診療、遺伝カウンセラーを養成、遺伝子検査、遺伝学的研究、倫理問題の討議などの活動をしています。

最後に似顔絵です。遺伝子医療センターのホームページは全部似顔絵にしています。多くの医療職が兼任として所属しています。糖尿病の専門家、血液の専門家、3人の染色体の専門家、臨床心理士、検査技師。若い2人が臨床遺伝専門医の資格を取りました。大学院生の医師が2人、1人が循環器科の看護師です。そして医療統計の専門家です。彼はまったくノンメディカルで、社会人大学院みたいな感じで入学をして、遺伝統計やゲノムの研究をしています。

以上で、今日の私の話を終わります。どうもありがとうございました。

(拍手)