Thailand
メディカル・ツーリズム
1997年のアジア金融危機を契機に国を挙げてメディカル・ツーリズムを後押ししている。海外で最先端医療のトレーニングを受けている医師が多く技術も高い。JCI(国際医療機能評価)の認証を取得している国際病院も数多い。バムルングラート病院など、世界的に有名な病院では、ホテル並みに豪華な設備を持ち、空港送迎サービスや通訳も完備され、つきそいの家族が観光を楽しむこともできる。タイの医療は、ソフト面・ハード面ともに先進国と比較して遜色はない。美容整形や性転換手術がタイのメディカル・ツーリズムの特色として知られている。生殖補助医療の分野でも規制が寛容で、卵子提供、代理出産、性選択ができる。性選択を禁止している国は少なくないため、性選択を目的にタイを訪れる外国人も少なくない。
ガイドライン・法案
生殖補助医療に関しては、タイの医師会(Medical Council of Thailand)が1997年と2002年に「生殖補助医療技術のサービス供給に関する基準」(1/2540号, 21/2545号)を公表しているが、このガイドラインに法的拘束力はない。2002年のガイドラインでは、性選択の目的で着床前診断を用いることを禁じている。
2010年には代理出産に対する規制法案" Protecting Children Born Through Assisted Reproductive Technology Medical Act" が下院を通過した。新法案では、代理出産で生まれた子どもは依頼者の嫡子とされる、仲介業者や代理母への金銭的報酬が禁止される、代理母は既婚者とし、夫の同意を得るものとする、などの内容が含まれている。法案が成立すれば、タイの代理出産の状況は大きく変化するかもしれない。現時点で、法案成立の見通しは得られていない。
年 | 月 | 出来事 |
---|---|---|
1987 | 8 | チュラロンコン大学でタイ初の体外受精児誕生 |
1991 | チュラロンコン大学でタイ初の代理出産 | |
1994 | タイの女優が夫の兄嫁の子どもを代理出産 | |
1997 | 「生殖補助医療技術サービスの提供に関する基準」(医師会通知 第1/2540号 "Announcement No.1/2540 on the standards of services involving reproduction technology” | |
2000 | タイの大学職員(公務員)が代理出産で得た子どもの医療費と教育費を請求 | |
2002 | 「生殖補助医療技術サービスの提供に関する基準」(医師会通知 第21/2545号 ”Announcement No.21/2545 on the standards of services involving reproduction technology”) | |
2010 | 5 | 代理出産に対する規制法案 (社会開発・人間保障省) ”Protecting Children Born Through Assisted Reproductive Technology Medical Act” (廃案) |
2011 | 2 | タイでベトナム人女性に代理出産を強要した台湾の業者が逮捕 |
2013 | 9 | タイの医療評議会が非親族の女性を代理母として認める方向性であることが公表される |
2014 | 2 | イスラエル人ゲイカップルの代理出産子が帰国トラブル(2014年11月でイスラエル人ゲイカップルによる代理出産の依頼が不可能に) |
2014 | 7 | 代理出産依頼者の豪カップルが障害のある男児の引き取りを拒否していることが報道される 軍事政府により商業的代理出産の閉鎖が決定される |
2014 | 8 | 日本人独身男性が十数人もの代理出産を依頼していたことが報道される |
2014 | 11 | 商業的代理出産を禁止する法律がタイ立法議会(The national Legislative Assembly;NLA)で通過 |
2015 | 1 | 商業的代理出産を禁止する法律が成立 (2月19日公布、7月15日から施行) |
日比野(2012)より改変 |
代理出産・卵子提供・性選択
タイはインドと並んでメディカル・ツーリズムの2大受け入れ国であるが、代理出産の数に関しては、インドがタイをはるかにしのいでいる。その一つの要因は、代理出産で生まれてくる子どもの位置づけである。タイでは、民商法典(1546条)の定めに従い、代理出産で生まれた子どもは生母の子どもとして登録される。一方インドでは、出生証明書の母の欄には依頼者の女性の名前が記載される。つまり現状では、タイ人代理母に生んでもらった子どもを自分の子どもにするには、タイの法律に沿った養子縁組が必要になる。この煩雑さを解消するためか、タイの代理母は「子持ちで独身」の女性のみの場合が少なくない。代理母が結婚していれば出生証明書の欄には代理母とその夫の名前を載せなくてはならないが、代理母が独身であれば、母親の欄に代理母の名前、父親の欄に依頼者夫婦の夫の名前を載せることができる。代理母が「父親に子どもの権利を渡す」という契約書にサインすれば、依頼者夫婦は、夫の子どもとして赤ん坊を母国に連れて帰ることができる(国によっては養子縁組が必要な場合もある)。代理出産によって代理母が得る報酬は30~35万バーツ(1バーツ≒2.7円として約80万から95万)程度である。
卵子提供は、正式な婚姻関係にあるタイ人夫婦に関してはガイドラインによって認められている。IVFクリニックの多くが外国人に対しても卵子提供のサービスを提供している。卵子ドナーへの報酬は3.5万バーツ(約10万円)程度である。タイでは貧しい女性が生殖産業に従事するだけでなく、中産階級の女性も、中絶の贖罪のためなどの動機で、代理母を希望することがある。
着床前診断による性選択はガイドラインで禁止されているが、実際には行なっている病院が多いと考えられる。子どもの性選択は、生殖ツーリズムにおいて急速にブームになりつつある分野である。近年、中国、オーストラリア、ヨーロッパから多くのカップルがタイを訪れており、タイで体外受精により生み出されている毎年4000個の胚のうち、タイの医師たちの見積もりでは、30%以上のケースで性選択が行われているという。
宗教
人口の95%が仏教徒という仏教国である。来世でよりよい生を送るため、寺院への寄進や僧侶への布施など、タンブン(積徳)に努めるという行動様式が国民生活の隅々に浸透している。このため、卵子提供や代理出産などは、不妊で苦しむ人々を助ける利他的行為として意味づけられやすい。
トラブル
2008年、オーストラリア在住の夫婦(夫はオーストラリア人、妻は日本人)が、2人の代理母に胚移植を同時に行い、2009年にその2人の代理母から3人の子どもが生まれた。夫婦は3人の子どもをオーストラリアに帰国させようとするが、子どものパスポートは発行されなかった。夫婦は子どもが自分たちの子どもであることを主張し裁判を起こした。DNA検査の結果などが認められ、1年後の2010年にようやく子どもたちをオーストラリアに連れ帰ることができた。
代理出産関連のこうしたトラブルが報道されることは少ない。タイでもオーストラリアでも、日本でもこの事件は報道されていないが、実際には子供の国籍や帰国問題で同じようなトラブルが数多く生じている可能性もある。
2011年2月に、15人のベトナム人女性が台湾の業者によって不法な代理出産サービスをさせられていた事件で、タイ警察がバンコク郊外の2軒の家を捜査したことが大きく報道された。
日本からの渡航治療
タイへの渡航治療を仲介する日本人業者が複数存在することが現に確認できる。しかし、タイに渡航治療する日本人の正式な数は不明である。日本での卵子提供の難しさを考えると、アジア系女性の卵子を求めてタイに行く日本人カップルは多いと推測され、今後も増加する可能性がある。
2011年2月19日、「インド・タイで代理出産、日本人不妊夫婦が急増」(朝日新聞)という記事が報じられた。生殖テクノロジーとヘルスケアを考える研究会を取材し、この記事を書いた記者が調査したところ、「インドやタイで代理出産を望む日本人の不妊夫婦が急増し、2008年以降、少なくとも30組が依頼、10人以上の赤ちゃんが誕生していることがわかった」としている。
参考文献
Whittaker AM 2011 Reproduction opportunists in the new global sex trade:
PGD and non-medical sex selection.
Reprod Biomed Online; 23(5):617.
Whittaker A,Speier A 2010 'Cycling overseas': care, commodification, and
stratification in cross-border reproductive travel. Med Anthropol; 29(4):383.
Elina Nilsson 2015 Merit Making,Money and Motherhood:Women's Experiences
of Commercial Surrogacy in Thailand. Uppsala University Link
Link
Announcement No. 1/2540 on the Standards of Services Involving Reproduction
Technology Link
Announcement No. 21/2545 on the Standards of Services Involving Reproduction
Technology Link
Protecting Children Born Through Assisted Reproductive Technology Medical
Act (2010) Link
Protection of Children Born from Assisted Reproductive Technologies Act
(2015)(No.167/2553) Link(英語) Link (日本語) Link (タイ語)
(2017/02/22 last updated)